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* バトルX:「高齢者のPEGは 是か?非か?」

日時: 2012/01/18(水) 14:18:28 メンテ
名前: tsunco

クリックで原寸大表示します

更に引き続き、1/15のディベートセッションの報告です。
バトルXのテーマは「高齢者のPEGは 是か?非か?」でした。
http://www.eiyou.gr.jp/gakujutsu/pdf/prg06.pdf
DebateX 14:15〜15:15
高齢者のPEGは 是か?非か?
座長 盛岡市立病院 加藤 章信
DSX-1
是側 香川大学医学部附属病院 腫瘍センター 合田 文則
DSX-2
非側 東北大学 先進外科学 宮田 剛

世界で断トツでPEGを作る国、日本。
その倫理性が問われました。
昨年12月にはこんな報道もあった事をご記憶の方も多いかと思います。

人工栄養法、導入しない選択肢も 厚労省研究班が指針案(2011/12/4)
http://www.asahi.com/national/update/1204/TKY201112040242.html

>口から十分な栄養や水分をとるのが難しくなった高齢者に栄養を送る人工栄養法について、厚生労働省研究班は4日、導入までの手順や考え方を定めた指針案を公表した。生命維持の効果が少なく、患者に苦痛があるだけの場合、導入せず自然な死を迎える選択肢もあることを患者本人や家族に示し、導入後に中止や減量ができることも盛り込んだ。
一般からも意見を募り、日本老年医学会が来春にも指針として完成させ、医療・介護現場で活用してもらうことを目指す。
代表的な人工栄養法で、おなかの表面に穴をあけて胃に管を入れて栄養を送る「胃ろう」は現在、推定40万人が導入している。高齢者ケアの現場では、十分に栄養をとることで再び口から食べられるようになる人も一部にいる。一方で、近年、高齢者の体に負担や苦痛を伴い、人工的な延命につながりかねない場合もあるとの指摘が出ていた。


「是」側の合田先生が提示された、ご自分で意思決定が出来る方や、
ご自分でPEGから食事を注入出来る方は全然問題ありません。
PEGのいい適応です。
でも現在我が国で作られているPEGの圧倒的大多数は自分で意思決定を出来ない方です。
そう寝たきりの高齢者。
これの倫理性が今問われております。
全14ページもある試案です。
ご紹介致します。
お時間が有る時にどうぞ(笑)。
尚、是側の香川大学医学部附属病院 腫瘍センター 合田文則先生って、半固形経腸栄養剤の開発者として業界では大変有名な方でございます。


高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として (ワーキング・グループ試案)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/dls/cleth/guideline/1112ahn_guideline.pdf

>本ガイドライン試案について 現在、社団法人日本老年医学会が実施主体となって、厚生労働省平成23年度老人保健健康増進等事業「高齢者の摂食嚥下障害に対する人工的な水分・栄養補給法の導入をめぐる意思決定プロセスの整備とガイドライン作成」を行いつつあります。高齢者ケアにおいて、食べられなくなった時に人工的水分・栄養補給法を導入するかどうか、導入するとすれば、どのようなやり方にするかは、臨床現場において迷い・悩みの多い問題です。これをどう考えたらよいかについて、関係者たちの共通理解を形成していくことは、喫緊の課題です。本事業は、同じく日本老年医学会を実施主体とする平成22年度老人保健健康増進等事業において、そうした問題の実情の調査を行いましたが、それを受けて、本年度はガイドライン案を作成し、それを日本老年医学会への提言とすることを目指しています。 そこで、本事業のワーキング・グループは、これまで同グループ内で練り上げてきたガイドライン試案を、ここに公開することとしました。したがいまして、これは本ワーキング・グループによる試案段階のものであり、本事業としての結論ではありません。このようなものをこの段階で公開するのは、広くみなさまのご意見をいただき、ガイドライン案をよりよいものへと練り上げていくためです。そして、本事業の検討委員会の審議を経て、本事業としての結論を出すことを目指しています。その成果は、日本老年医学会に本事業からの提言として答申する予定です。 このようなわけで、皆さまには、本試案をご検討いただき、忌憚のないところをコメントとしてお寄せいただきたく、ここにお願いする次第です。 平成23年12月4日 日本老年医学会平成23年度老人保健健康増進等事業 「高齢者の摂食嚥下障害に対する人工的な水分・栄養補給法の導入をめぐる意思決定プロセスの整備とガイドライン作成」 検討委員 ○大内 尉義 鳥羽 研二 太田 喜久子 甲斐 一郎 清水 哲郎 島薗 進 樋口 範雄 ワーキンググループ ○甲斐 一郎 清水 哲郎(ガイドライン担当)飯島 節 諏訪 さゆり 西村 美智代 二宮 英温 結城 拓也 会田 薫子
以下割愛。



内科開業医のお勉強日記
http://intmed.exblog.jp/14119843/
http://intmed.exblog.jp/9919328/
終末期は“胃ろうせずも選択肢”:老年医学会ガイドラインやっと着手
2011年 12月 05日
google newsのタイムスタンプ見るとNHKが一番早かったようだ。
NHK
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111204/t10014397421000.html
国際医療福祉大学の鈴木裕教授が、「胃ろうは栄養状態をよくし、生存期間を延ばすが、認知症の末期患者など回復が不可能で患者の利益とならない場合は、本人や家族の意向を踏まえ見直しや中止の検討も必要だ」と述べました。また、終末期医療に詳しい東京大学法学政治学研究科の樋口範雄教授は「いかに生き、死ぬかという問題は、法律ではなく倫理と個人の問題だ。胃ろうを行うことが患者のためになるかどうか、医師と患者が話し合いを行うプロセスをまとめた指針を作ることが必要だ”米国ナーシングホームでの進行期認知症への、緩和的ケアへの対応は不十分で、死因は感染症と嚥下問題が主”、”ナーシングホーム在居認知症進行期の死亡率検討し、6ヶ月で半数以上が死亡し、肺炎、熱性エピソード、食事の問題が死因として多い」と述べました。
"人工栄養法、導入しない選択肢も示す 厚労省が指針案"って偉そうなのだが・・・
内容は同意。
ただ、社団法人日本老年医学会が、”胃ろう”の生命倫理面の問題にやっと着手するぞという話らしい。2001年老年医学会は”高齢者の終末期の医療及びケア”に関する立場表明してから随分立つ。10年間何やってたんだろう。どうせ出てくるガイドライン・・・欧米のガイドラインの丸写し/勝手な意見の混合・・・エビデンスをもとめたまともな治験なんてされてないわけだから・・・
進行期認知症の経管栄養問題 2006年 12月 11日に書かれてるごとく、既に諸外国では比較的議論はまとまっている。日本が遅すぎるのだ!
Rethinking the Role of Tube Feeding in Patients with Advanced Dementia Muriel R. Gillick, M.D. N Engl J Med 2000; 342:206-210January 20, 2000
この報告からいったい何年たってると思ってるのか! 
日本の専門家たちは経管栄養・胃瘻に関する生命倫理議論を避けてきた。
倫理的問題に関して先延ばしし続ける方が、非倫理的。
身体拘束にはうるさい人たち(元官僚の大学教授などが代表)が強制的経管栄養・経腸栄養には寛容なのは謎。
なお、NHCAPでも生命倫理が考慮されている。
終末期の人工栄養補給、中止可能に…学会指針案
読売新聞
高齢者の終末期における胃ろうなどの人工的水分・栄養補給は、延命が期待できても、本人の生き方や価値観に沿わない場合は控えたり、中止したりできるとする医療・介護従事者向けの指針案が4日、東京大学(東京・文京区)で開かれた日本老年医学会のシンポジウムで発表 ...
終末期は“胃ろうせずも選択肢”
朝日新聞
一般からも意見を募り、日本老年医学会が来春にも指針として完成させ、医療・介護現場で活用してもらうことを目指す。 代表的な人工栄養法で、おなかの表面に穴をあけて胃に管を入れて栄養を送る「胃ろう」は現在、推定40万人が導入している。高齢者ケアの現場では、 ...
cf.)経管栄養をしたがる病院の特性:大きな病院、営利追求型病院2010年 02月 10日
NHKの記事に書かれてる"東京大学法学政治学研究科の樋口範雄教授"の話の内容・・・このほぼ同じ
 ↓
認知症進行期の臨床経過:感染症・熱性疾患・嚥下問題が主な死因、緩和ケア不十分 2009年 10月 15日”米国ナーシングホームでの進行期認知症への、緩和的ケアへの対応は不十分で、死因は感染症と嚥下問題が主”、”ナーシングホーム在居認知症進行期の死亡率検討し、6ヶ月で半数以上が死亡し、肺炎、熱性エピソード、食事の問題が死因として多い
法学の教授がこの方面の話をするときって、自ら一次資料となる研究をするのではなく、やっぱり、論文の丸写しなんだ。こういう人たちが行政の方向性を決めていくのだと思うと・・・日本という国の底の浅さを思い知る。



『胃瘻からの半固形短時間摂取法ガイドブック―胃瘻患者のQOL向上をめざして』 [単行本]
合田 文則 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E8%83%83%E7%98%BB%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E5%8D%8A%E5%9B%BA%E5%BD%A2%E7%9F%AD%E6%99%82%E9%96%93%E6%91%82%E5%8F%96%E6%B3%95%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E2%80%95%E8%83%83%E7%98%BB%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%AEQOL%E5%90%91%E4%B8%8A%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%96%E3%81%97%E3%81%A6-%E5%90%88%E7%94%B0-%E6%96%87%E5%89%87/dp/4263704886/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1326863389&sr=8-1

胃瘻患者のQOLを高める半固形経腸栄養剤(食品)摂取法の実際についてわかやすく解説した実践書.半固形栄養剤よる短時間注入法の手技とエビデンス,注入方法の実際,注入実施の留意点など,半固形栄養剤,ミキサー食について注入法のノウハウを詳解.
I 液体栄養剤に関連する問題点
II 半固形経腸栄養剤(食品)による短時間注入法
III 胃瘻からの半固形短時間注入法の手技とそのエビデンス
IV 胃瘻からの半固形短時間注入法の効果についてのエビデンス
V 胃瘻からの半固形短時間注入法の実際
VI 胃瘻からの半固形短時間注入法実施時の留意点
VII 胃瘻患者のQOL改善のために
序文
 1995年,当時,香川医科大学附属病院第3内科(消化器内科)香川俊行先生(現・加藤病院内科)が,胃瘻造設中に,「食事そのものを,胃瘻から入れられないのか?」「瘻孔を大きくすれば可能でないか?」といい出した.確かに,無味乾燥な市販の栄養剤をいきなり胃の中に入れられて,生かされているのは不憫である.消化吸収能が正常な患者では,本来,生理的に入るところでない静脈から栄養が入る静脈栄養法に比べ,腸管を介し門脈へ栄養が入る経腸栄養法が生理的であることに議論の余地はない.また,経腸栄養のアクセスルートとして,経鼻胃管と比し胃瘻が生命予後,栄養管理,在宅療養において優位であることは,医学的にコンセンサスが得られている.
 「胃瘻患者が本当にQuality of Good Lifeであるか?」という疑問に対しては,栄養管理の目的のみで漫然と経静脈栄養がなされ,長期に入院していた過去と比べれば改善している.また,アクセスルートを経鼻胃管から胃瘻に変更したことにより,多くの患者が誤嚥性肺炎から解放されて在宅医療への移行が可能となりQOL改善に寄与している.
 しかしながら,胃瘻の合併症予防のために長時間にわたる栄養剤の投与を余儀なくされている患者が多く存在するのも事実である.そのため,胃瘻患者からは,「栄養剤を入れる時間を短縮して,もっとリハビリがしたい」「家族と一緒に食事がしたい」との希望があり,頭頸部領域癌の術後に胃瘻となった患者からは,「余命が少ないのだから,栄養を入れている時間が惜しい.自由な時間がもっとほしい」との声も聞かれた.
 このような状況下,半固形の食物による胃瘻栄養を40年間にわたり実行してきた患者に出会い,私の出した結論は,「合併症なく短時間で注入できる半固形食による胃瘻栄養法を確立できれば,胃瘻患者が家族と同じ食事を,家族と一緒に楽しむことが可能となり,そのQOLが向上するのではないか?」である.すなわち,「(1)胃瘻患者が家族とともに同じ食卓を囲み,並べられた料理をみて,おいしそうだと感じ,においを嗅ぎ,場合によっては料理を少し舌にのせ食感を楽しみ,可能であれば,嚥下訓練として,誤嚥に十分に注意しながら,安全に嚥下できる量だけ飲み込む.(2)嚥下訓練としての経口摂取量では必要なエネルギー量が得られないので,残りの料理を半固形化して胃瘻から栄養を摂取する」ことが安全にできないかということである.
 料理を目の前にすることで,視覚,嗅覚,さらに場合により味覚刺激が得られ,食事の準備が脳でおこり,消化管ホルモンや消化管運動が生理的におこり,また,家族の一員としてとる食事は,患者の尊厳を高めるものである.つまり,従来,医療者サイドからの「栄養投与」というコンセプトを患者サイドの「栄養摂取」のコンセプトへと転換を図ることが重要である.
 本書は,上述した胃瘻患者のQOL向上の観点から,10年にわたり検討してきた半固形経腸栄養剤(食品)による短時間注入の安全な投与方法とその工夫のノウハウについて紹介したものである.本書の内容を熟読・理解することで,安全でより正確な方法により,半固形食による胃瘻栄養を行っていただきたいと願うものである.
2006年7月 合田文則
合田文則【ごうだふみのり】
 1961年 香川県に生まれる
 1987年 香川医科大学卒業
 同 年 香川医科大学第一外科(消化器外科)入局
 1991年 香川医科大学大学院卒業(医学博士)
 1992年 米国Dartmouth大学Norris Cotton Cancer Center研究員
 1994年 米国Dartmouth大学Dartmouth Hitchcock Medical Center研究員
 1997年 香川医科大学医学部附属病院助手
 2002年 香川医科大学(現香川大学)医学部附属病院総合診療部講師
 2005年 香川大学医学部附属病院総合診療部助教授

 
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* 日本老年医学会:11年ぶりに表明を改定 ( No.1 )
日時: 2012/01/29(日) 15:28:14 メンテ
名前: tsunco

本日(1/29)の朝日新聞から。

胃ろう中止も選択肢に 終末期医療の原則、学会が改定
http://www.asahi.com/national/update/0129/TKY201201280598.html

>高齢者の終末期医療とケアについて、日本老年医学会は28日、胃に管で栄養を送る胃ろうなどの人工栄養や人工呼吸器の装着は慎重に検討し、差し控えや中止も選択肢として考慮するとの「立場表明」をまとめた。最新、高度な医療をすべて注ぎこむことは必ずしも最善の選択ではないと判断した。表明の改定は11年ぶり。
終末期医療の手続きなどを定めた法的ルールはない。この立場表明にも拘束力はないが、高齢者医療に携わる医師が治療方針を考える際の基本原則とするもの。具体的な手順などを定めたガイドライン(指針)を作る際のもとになる。
まず、高齢者の終末期における「最善の医療およびケア」を「必ずしも最新もしくは高度の医療やケアの技術すべてを注ぎこむことを意味するものではない」と明記。高齢者の心身の特性に配慮し「残された期間の生活の質(QOL)を大切にするものだ」との考えを示した。
その上で、高齢者が最善の医療およびケアを受ける権利の一環として「(おなかに穴を開け、管を通して水分や栄養剤を胃に送る)胃ろう造設を含む経管栄養や気管切開、人工呼吸器装着などの適用は慎重に検討されるべきだ」と指摘した。具体的には「本人の尊厳を損ねたり、苦痛が増えたりする可能性があるときは、差し控えや撤退を考慮する必要がある」と記した。

* なんか変な方に行ってません? ( No.2 )
日時: 2012/02/10(金) 05:49:05 メンテ
名前: tsunco

一瞬にしてぶち壊し。
今まで日本老年医学会さんらのご苦労は一体何だったんだ。
「自分の意思決定ではないPEG」の問題。
折角、途方も無い時間を掛けて慎重かつ建設的に議論をやって来られたのに、である。
それにしても我が国の政治家のレベルの低さは目を覆いたくなるものがございますな。

石原氏の「エイリアン発言」 「心無い」各党から批判続出(2012.2.7)
http://www.sankei.jp.msn.com/politics/news/120207/stt12020722040006-n1.htm
>自民党の石原伸晃幹事長が、腹部に開けた穴から栄養剤を送る「胃ろう」措置を受けている患者の様子を「エイリアン」に例えたことに対し、野党各党から7日、「極めて心無い発言」(志位和夫共産党委員長)などと批判が続出した。公明党の山口那津男代表も「国民がどう受け止めるかについては十分な配慮が必要だ」と苦言を呈した。政権追及の先頭に立つ野党幹部として適格性が問われかねず、秋の総裁選出馬を念頭に置く石原氏にとって大きなダメージとなりそうだ。


自民・石原氏の「エイリアン」発言批判 「胃ろう」措置めぐり小宮山厚労相「言葉の使い方慎重に」(2012.2.7)
http://www.sankei.jp.msn.com/life/news/120207/bdy12020711260005-n1.htm
>腹部に開けた穴に栄養剤を送り込む「胃ろう」措置を受けた患者を「エイリアン」に例えた自民党の石原伸晃幹事長の発言をめぐり、小宮山洋子厚生労働相は7日、閣議後の記者会見で「病気の方、ご家族に不快な思いをさせる言葉の使い方は慎重であってほしい」と批判した。
胃ろうは口から食事を取ることが困難な高齢者や重症の患者に対して行われる人工栄養法。小宮山氏は、平成20年に亡くなった父、加藤一郎元東大学長が、最後の1年間、胃ろう措置を受けていたことを明かし、「胃ろうのおかげで命をつなぐ患者さんがたくさんいる」と強調した。
石原氏は6日の民放番組で、胃ろう措置を見学した際の感想として「人間に寄生しているエイリアンが人間を食べて生きているみたいだ」と発言した。


“胃ろう発言”尊厳重視からと釈明
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120207/t10015854651000.html
>自民党の石原幹事長は記者会見で、口から食べることができずチューブで胃に栄養を送る「胃ろう」を受けている患者の様子を「エイリアン」に例えたみずからの発言について、「しっかりとセンテンスを見ていただきたい」と述べ、人間の尊厳を重んじる観点からの発言だったと釈明しました。
自民党の石原幹事長は、6日のBS朝日の番組で、「胃ろう」を受けている患者の様子を視察した際の感想として、「意識が全くない人に管を入れて生かしている。何十人も寝ている部屋を見せてもらったとき、何を思ったかというと、『エイリアン』だ」と述べました。
この発言に閣僚や野党の一部から批判が出ていることについて、石原幹事長は7日の記者会見で、「そんなダイレクトな言い方はしていないと思う。間違いだ。しっかりとセンテンスを見ていただきたい」と述べました。
そのうえで石原氏は「私は人間の尊厳を重んじていかなければならないということを絶えず言っていて、私自身も『胃ろう』のようなことは行わないと、夫婦の間で決めている」と述べ、人間の尊厳を重んじる観点からの発言だったと釈明しました。
「胃ろう」を巡っては、回復の見込みがない認知症の終末期の患者にも行うかどうか、学会などで議論が行われています。



「悲しみと怒り」と批判 エイリアン発言に患者ら
共同通信社 2月8日(水) 配信
>自民党の石原伸晃(いしはら・のぶてる)幹事長が「胃ろう」措置を受けている患者の様子を「エイリアン」に例えたことに対し、東京都内で7日開かれた、たんの吸入や胃ろうなどの医療的ケアについて考えるシンポジウムに参加した難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者らから批判が上がった。
自身も胃ろう措置を受けている岡部宏生(おかべ・ひろき)日本ALS協会副会長は「ある一定の高齢者や障害者は生きられなくてもよいという意図があるなら、戦慄(せんりつ)を覚えるほど怖い話だ」とした上で「障害者にお金がかかるので抑えたいのなら、明確にそう言った方が伝わるし、議論できる」と指摘した。
シンポを主催したNPO法人の理事で、ALSの母親を長く介護した経験を持つ川口有美子(かわぐち・ゆみこ)さんは「発言には、悲しみとともに怒りが込み上げる」。パネリストの医療者や支援者らは「私たちは(胃ろうなどの)医療的ケアを必要とする人の命を肯定し、ともに暮らせる社会を目指して必要な医療と介護を提供します」とする共同声明を出した。

* Re: バトルX:「高齢者のPEGは 是か?非か?」 ( No.3 )
日時: 2012/02/09(木) 23:00:47 メンテ
名前: ぷっこちゅ

在宅医療に携わっているときに、PEGを造設するかどうか迷いまくっている家族に出会いました。
ぎりぎりまで造らずに「送ること」を待っていたご家族。
でも心肺に異常のない患者さんご本人は、経口摂取はできないけれど一般状態は落ち着いており…
低たんぱくが高じて、あちこちに褥瘡ができずるずるの状態に。
そうなってくると、胃ろう造設が悪いのか、自然にまかせるのがいいのか、わからない状態になってきました。
介護に疲れたご家族は「早く死ね!」と言い出す精神状態に陥り、結局PEGを造り施設に入所することになりました。

「是か非か」なんて一概には言えない。

勇気あるテーマだったかもしれませんが、PEGに限らず死生観をもっと語り合え尊重できる世の中にならないと、と思います。
* ぷっこちゅさんへ ( No.4 )
日時: 2012/02/10(金) 06:48:19 メンテ
名前: tsunco

ぷっこちゅさんへ

御意。
コメント有難うございます。
どう生きるか。
どう死ぬか。
人それぞれ。
簡単な問題ではありませんな。
時間をかけて話し合う。
生き方上手。
それ以上に難しいのが
死に方上手、
なのかも知れません。
最後の最後はご自分の意志だと思います。


でも現状は本人の意志決定とは関係なく(認知症ほかで意思決定出来ない方に)PEGが造設されています。
我が国では95%以上のケースはそうだと思います。
ですから、今回の問題提起・議論・表明改定になったのでしょう。

在り来たりですけど、取り敢えずは意思決定出来る内からよく話し合って置く事かなと思います。
理想は日野原先生の様に、100歳過ぎても意思決定出来る脳細胞を確保する事ですけど、そう簡単には参りませんな(笑)。
* 中村仁一『大往生したけりゃ医療とかかわるな』が大ヒット! ( No.5 )
日時: 2012/02/13(月) 22:03:07 メンテ
名前: tsunco

時節柄、実に面白いご本に出会いました。
ご紹介致します。
何でも本日現在、Amazonのベストセラー商品ランキング2位なんだとか。
エイリアン発言なんかでやっぱり今、旬なんですな、この話題(笑)。

『大往生したけりゃ医療とかかわるな』 (幻冬舎新書) [新書]
中村 仁一 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E5%BE%80%E7%94%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%91%E3%82%8A%E3%82%83%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%81%A8%E3%81%8B%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%82%8B%E3%81%AA-%E5%B9%BB%E5%86%AC%E8%88%8E%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E4%BB%81%E4%B8%80/dp/4344982487/ref=cm_pdp_srp_title_5

著者は2000年まで高雄病院の院長・理事長を歴任された中村先生。
京大医のご出身なのも江部先生と同じです。
先月末(1/31)の発刊なのに、もう既に沢山レビューが付いておりますので、敢えて付けませんが、中々の良作でした。
私は天邪鬼で、こう言ったヒット作には近寄らない性質なのですが、こいつは面白い。
皆さんにお勧め出来ます。
但し、バカ売れ中につき若干印刷に御時間を要すると思われますが(笑)。

ゆんちゃん日記(2012/2/12)
http://blog.goo.ne.jp/yumiko1962/e/3fe20519b732b681b336a90b3d4fd653?fm=rss
>『大往生したけりゃ医療とかかわるな』
幻冬舎新書で1月31日付けで出版された本。
2月の11日には第3刷が早くも発行され、関心の高さがうかがえます。
日本人の平均寿命は年々長くなっている
だけどその最期の過ごし方ははたして、幸せなのかな?
自分はどうしようか
・・・そんな思いの方があんがい多いのではないでしょうか?
団塊世代より上の方と話をすると
「自分の死」が視野にはいってきたという方にたびたび出会います。
しかし、自分の死というものはなかなかイメージしづらい。
とくにほとんどの人が病院で亡くなっており、身近な人の死に出会うことが少なくなっている。
著者は京都の老人ホームの付属診療所所長。
お年寄りを数多くみとり、1996年より市民グループで「自分の死を考える集い」を主宰して16年目になります。
ユーモアたっぷりの実におもしろそうなあつまりです。参加してみたい。
「『死』という自然の営みは、本来穏やかで安らかだったはずです。それを、医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、より非人間的なものに変貌させてしまったのです」
「私などは、有名人じゃないので失うものがない、おまけに先が短いので怖いものがありません。いろいろ好き勝手に書かせていただきましたが、ほんの少しでも、参考になれば、望外の喜びです」
と、「はじめに」に書かれていますが、自分の死を病院任せ、人任せにしたくないと漠然と思っている人にとっては、一読の価値が大いにあるのではないかしら。
私自身、ALSで亡くなった母の胃瘻、気管切開、人工呼吸器をつけないという最期の選択を経験して、
「死と医療とのかかわり方」は自分自身のテーマであるのです。
私も近場で「自分の死を考える集い」なんていうのもやってみたいな、なんて思いました。
「生」が見えてくる気がするのです。
きょう、鹿児島で母の7回忌。
都合で帰れませんでしたが、このところ母のことをたびたび思い出しています。


中村仁一さん 自分の死(2011/8/12)
http://www.kyoto-np.co.jp/info/culture/tomurai/20110812.html
>「老いを受け入れ死ぬ」と伝えたい
高校2年の時におやじが心臓発作で亡くなった。半年ぐらい前から発作を繰り返していて、週に数回「食道がよじれる」と脂汗を流してました。毎回毎回相当な痛みや苦しみがあったと思うんですが、一度も弱音を吐かなかった。「これは自分しか引き受けることができない」。おやじはそう悟ってたんじゃないかと思う。あの姿は僕の生き方に色濃く影響している。痛みも苦しみも自分で悩んで時間をかけて乗り越えていくしかない。僕はそう思っています。
<中村仁一さんが医師になった1960年代、生活習慣病が広がり始めていた。父親の遺志を継いで医学部に進んだものの、治らない病気を前に悩んだ>
当時は成人病と言ってましたが、感染症のように投薬や治療で完治する病気じゃないですよね。一生懸命勉強したものの、自分の診ている患者さんが治らないんだと思うと、近代医療にのめり込む心境でなくなってきました。
そして僕自身も40代の時にものすごい不整脈になった。早鐘のように脈打ったかと思うと心臓が2秒半ぐらい怠けるんですよ。胸がつまって夜中に跳び起きるんです。おやじの姿を思い出しました。医療の限界も不確実性も骨身に染みて感じていたし、薬を飲んで上っ面だけ帳尻を合わせてるのも嫌だったが、何か生きる支えが必要だった。
最初は聖書を斜め読みしたけれどしっくりこない。それで次は仏教の入門書を読みあさったんですね。結構必死でした。そこで「思い通りにならないものを思い通りにしようとするから苦しい」との考えに出会ったんです。楽になった。病気を受け入れてともに生きていくことを学びました。
<1996年4月、「今を輝いて生きるために」をキャッチフレーズに、「自分の死を考える集い」を京都市内で始めた>
「死」を頭の片隅に置いて生きることで「生」が締まったものになる。生き方を考える集いだから雰囲気は明るいですよ。先月までで184回も続いたのは、「死」に絡む話をおおっぴらにできる場がまだ少ないからじゃないでしょうか。
僕自身は「死」を具体的に考えるために、古希を記念して自分で組み立てられる段ボール製の棺おけを買いました。あの狭い空間に横になると執着心が多少は薄れるんです。あの世には何も持って行けないということを実感するんです。70歳を過ぎると根気がなくなり、何か新しいことを始めようという気にはもうならない。棺おけに入るとそういう現実も認められる。
日本人は今、老いを認めたくない人も多いのではないでしょうか。老いは一方通行だが、それを病気にすり替えてしまうと回復を期待できる。死ばかりか老いも忌避しているように、僕には見える。
<高齢者施設の常勤医として、自然死を遂げるお年寄りを多数みとってきた>
末期の胃がんで病院から施設に帰ってきた人がいました。もう何も飲めない食べられない状態で、その時は腹水がいっぱいたまってたんですが、8日目に亡くなった時はそれが全部なくなっていた。体にある水分を全部使い果たして死んでいったんです。とても穏やかな死でした。「人間ってこんなに精巧にできてるんだ」と驚きました。
こういう死を多数見ていると、自然に死ぬってことはそれほど怖いことじゃないと思えてくる。僕もできればそういう死に方を次の世代に伝えたいと思います。目やら耳やら年々あちこち悪くなってきてますが、そのうち月ごと日ごとに悪くなっていくと思う。それを受け入れて不自由さと仲良くしながら、生きて死ぬ姿を周りに見せたいなと思います。
なかむら・じんいち
1940年長野県生まれ。
内科医。
96年から「自分の死を考える集い」を主宰。
高雄病院院長・理事長を経て現在、社会福祉法人「同和園」付属診療所長。

穏やかな死(1998/4/12)
http://www1.kcn.ne.jp/~hk2565/kokoro-196.htm

>問題は、「ご本人の希望かどうか」という一点ではないかと思っています

御意。
* 医師法第20条「24時間ルール」の誤解 ( No.6 )
日時: 2012/02/14(火) 11:18:28 メンテ
名前: tsunco

上記の中村先生のご本でもう一つ学んだ事に「医師法第20条の誤解」があります。
中村先生は「24時間ルール」(診察していた患者が24時間以内に死亡した場合は死亡診断書でよいが、24時間を超えたら死亡診断書ではだめである)は完全な誤解だと言うのです(204p)。
恥ずかしながら小生もその誤解者の一人でした、ほんの昨日まで(笑)。
昭和24年の局長通知ってのも初めて聞きました。
昭和44年の東京地裁八王子支部の判例も初耳です。
そもそも医師法第20条ってこんな古めかしい条文です。

第20条 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。

医師法第20条と在宅医療:最後の診察から24時間以上経過していても死亡診断書は書ける
http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/m411.htm
>医師法第二十条の記述が分りにくいため、在宅医療に携わる一部の医師の間で戸惑いが生じているようです。例えば、ガンの末期の患者が在宅でかかりつけ医のケアを受けていて死亡した場合、最後に診察してから24時間以上経過して亡くなった場合、死亡診断書を書くことができないと言われているが、本当にそうなのだろうか、という疑問です。
例えば、土曜日に診察し、日曜日は休診日、月曜日に患者が死亡したような場合、「最後の受診から24時間以上経過しているので、死亡診断書を書いてはいけないのだろうか。その場合、警察に届出て、死体の検案が行われ、死体検案書になるのか。医師にとっても、また患者や家族にとっても、それまでお互いの信頼関係で診療していたところに、警察が入ってきたり、主治医の医師が死亡診断書を書いてあげられないという最後は、あまりにも非人間的である」という問題です。
結論を申し上げると、このような場合は主治医が死亡診断書を書けるということです。
私は臨床医でないので、現実の把握が不十分でした。以前このような問題があったことを聞いていましたが、最近加入しているいくつかのメーリングリストで、3回ほどこの問題が取り上げられ、在宅医療従事者の間で戸惑いがあることを知りました。そこで、その都度、以下に述べるような資料を呈示したところ、大変に喜ばれました。しかし、このようなことが現在も問題になっていることは、わが国の医療の面で由々しきことだという認識を新たにしました。
そこで、メールで呈示した資料を、私のホームページで紹介する決心をいたしました。これらの資料は入手困難な状況にあったため、私が呈示するまでかなり多数の方がご存じなかったという状態でした。
もし、これらの資料や私の解釈に不適切な点がありましたら、影響は重大ですので、至急ご教示下さい。
資料1
医師法:
第二十条 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。
―――――――――――――――――――――――――――――
この「但し」以下(但書)の文章が不明瞭な表現であるために、大きな誤解が生じています。すなわち、24時間以内に死亡した場合は死亡診断書でよいが、24時間を超えたら死亡診断書ではだめである、という誤った解釈です。
厚生省は、このへんの問題に対して、昭和24.4.14医発385号医務局長通知によって説明しているので、その通知を以下に示します。
―――――――――――――――――――――――――――――
資料2
医師法第二十条但書に関する件  
(昭和二四年四月一四日 医発第三八五号)
(各都道府県知事あて厚生省医務局長通知)標記の件に関し若干誤解の向きもあるようであるが、左記の通り解すべきものであるので、御諒承の上貴管内の医師に対し周知徹底方特に御配意願いたい。  
      記  
1 死亡診断書は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるものであるから、苟しくもその者が診療中の患者であった場合は、死亡の際に立ち会っていなかった場合でもこれを交付することができる。但し、この場合においては法第二十条の本文の規定により、原則として死亡後改めて診察をしなければならない。  
法第二十条但書は、右の原則に対する例外として、診療中の患者が受診後二四時間以内に死亡した場合に限り、改めて死後診察しなくても死亡診断書を交付し得ることを認めたものである。  
2 診療中の患者であっても、それが他の全然別個の原因例えば交通事故等により死亡した場合は、死体検案書を交付すべきである。  
3 死体検案書は、診療中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるものである。
―――――――――――――――――――――――――――――
このように、受診後24時間以上を経過して死亡した場合には、死亡診断書ではなく死体検案書になる、ということは書いてありません。
この局長通知が今まで周知徹底されていないかったようです。例えば多くの図書館で購入されている某出版社の法規集には、この局長通知までは掲載されていません。しかし、別の出版社の法規集には載っていました。
しかし、幸いなことに現在は、厚生労働省のホームページを手繰っていくと、この局長通知に到達できます。つまり、この局長通知は現在も生きていると言うことになります。
また、残念ながら書名と出版社を忘れましたが、医事法規関連のある法令集に、下記のような解説が載っていました。これはしっかりとコピーして残しておいたので、以下に紹介します。
―――――――――――――――――――――――――――――
資料3
「死亡診断書」と「死体検案書」の区別は、前者は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるものであり、後者は、診療中の患者でないものが死亡した場合に死後その死体を検案して交付されるものである。また、旧国民医療法では、死亡診断書は交付の際に診察をしないでもこれを交付することが認められていたが、医師法では、たとえ診療中の患者であってもその者の死亡時が、最後の受診時から起算して24時間を超える場合には、改めて診察をしなければ死亡診断書を交付し得ないこととされた。これは、診察をしないで交付する場合をなるべく制限しようとする趣旨である(昭和24.4.14医発385号医務局長通知)。
資料4
「検案」に関する追加 以下の赤字部分を2004年11月17日に追加記入しました
追加記入に至った理由: 筆者はここに示したように「最後の診察から24時間以上経過していても死亡診断書は書ける」というテーマのファイルを作成しました。
ところが最近、死体の検案の定義について、裁判所の判例なども巻き込んで、各方面で複雑な議論が交わされ、医療事故の取扱いを煩わしくしていることを知り愕然としました。
その議論のなかに、一つの原典とも言える岩佐潔氏の書物(本資料4)が引用されていない印象を受けましたが、この書物の記述は検案という言葉が現在のように混乱する前に書かれているので、簡単な記述ですが、そのような時代を認識しながらお読みくださると、死体の診察と検案の境界を考える一助になるかもしれません。
昭和25年に次のような書物も出版されています。
岩佐潔著:死亡診断書と死体解剖(国際死因分類と死体解剖保存法解説).日本医学雑誌株式会社、昭和25年8月1日、56頁。.(この書物は入手困難かと思います。ご希望があればコピー(B4で16枚)を進呈します okajimamic@hi-ho.ne.jp へ。
著者は厚生省医務局医務課勤務で、このような法律の作成に関与された方です。この書物の中の一節を引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
資料4
第2節 死亡診断と死体検案亡診断書の作成者
死亡診断書は医師のみが作成し得るものである。従来は、歯科医師もその診察中の患者が歯科疾患が原因で死亡した場合には、この患者に対する死亡診断書を作成することができたのであるが、昭和23年7月に現行歯科医師法が施行されてからは、歯科医師は死亡診断書を交付してはならないことになった。これは死亡という現象は人体全体の反応機転として考えるべきものであって、人体の解剖、生理、病理等について総ての知識を有する医師のみが、正確に判断する能力を有すると認められるからである。
死亡の診断
死亡診断とは、ある人が生きていたのが死んだという生から死への変化の事実を診断することである。従ってそのためには、死亡の瞬間において、その事実を認定し診断するか、又は、死亡の前に医学的な推論によってやがて死亡するかも知れないと思われる疾病状態を診断し、更に死亡の後において、生前の診断によって推察された死因によって死亡したという事実をその死体について再確認することによって死亡の診断がなし得るわけである。この場合死亡を確認する行為は、死体を対象とする検査ではあるが特に生前の診察と一連の行為として「診察」という概念に含めている。
医師法の規定
医師は、「自ら診察をしないで死亡診断書を交付してはならない」と医師法に定められているのは上の意味における死亡の診察を指しているのであって、従って医師が死亡診断書を交付し得る条件は、先ず臨終に当って診察をして死亡を確認した場合、次に自己が診察を担当し継続している患者が死亡した場合に死亡後さらにその死亡を確認する診察をした場合ということになる。
しかしながら、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、死後の診察をしなくてもよいという但し書があるので、死亡前24時間以内に診察をした患者が死亡した場合には、死後の診察をせずに、周囲の人から死亡の事実を聞き取っただけで便宜上死亡診断書を作成することが認められている。
しかし、たとえ診療中の患者であってもその死因が診療中の疾病と全然無関係である場合、例えば肺結核の通院患者が病院からの帰り道で電車事故のため死亡したような場合には、生前の診察との関連性は打ち切られるので、死後の診察と言うことは考えられない。この場合医師は死体検案して死体検案書を作成することになる。
死体検案
死亡診断書に類似したものに死体検案書がある。死体検案もまた医師のみがなし得るのであるが、死亡診断と異って、生前にその死亡の原因となった疾病を診察したことのない死体、又は外因によって死亡した死体についてその死亡の確認、その死亡原因、死亡時刻等の推定をすることであって、この場合作成するのが死体検案書である。
医師法には死亡診断書と同様に「医師は、自ら検案しないで検案書を交付してはならない」と規定されているから、医師は死因となった疾病について生前に診察しなかった死体に関しては、死体について検査した上で死体検案書を作成するのであるが、その効力、意義においては死亡診断書と全く等しい。
―――――――――――――――――――――――――――――
以上の資料によって、最後の受診後24時間を超えていても、診療していた疾病で死亡した場合には、死亡診断書を書いて差支えないことがお分かりいただけたと思います。
ところで、第二十条は戦後間もない時期に作られた条文ですが、その時代という背景を考えてみなければなりません。当時は現在のように自動車や舗装道路といったものは普及しておらず、徒歩か自転車で峠をこえて往診したような時代です。このことを念頭において、第二十条の但書を読むことが必要でしょう。
以下は私の主観による記述ですが、24時間以内だからということで、死亡確認のための診察を行わないで死亡診断書を交付している医師は現在いるでしょうか。そのようなことは、先進国の医療制度として通用しないのではないかと思いますが如何でしょうか。法治国家として国辱的とも考えられる「但書」部分は削除しなければならない時期にきていると思います。
それでは、最後の受診から、2週間経過した場合、3週間経過した場合はどうか、という問題が提起されるかもしれません。しかし、私はこれに対する回答は持ち合わせていません。アメリカのある州では、最後の受診から20日以上経過した場合は監察医に届出る、日本であれば警察に届出る、という規定のところもあったように記憶しますが、他のいくつかの州ではそのような規定はなかったように思います。しかし、この問題に限らず、主治医が判断に迷ったときは、監察医に電話で相談すれば、監察医が事情を聞いて、主治医に死亡診断書を書いてよいと指示する場合は多いようです。わが国でも、自宅から出られない患者に対しては、定期的に往診するという医師が多いようですが、そのような医師の方のご判断が大きな意味を持っていると思います。
それではどうして、「最後の受診から24時間以上経過したら死亡診断書が書けなくなる」という解釈が広まったかということになりますが、私には分りません。ただ以下の二つのことが推測されます。
その一つは大分以前のことになりますが、この方面の専門家と目される方の中に、そのように考えておられる方が何人もおりました。これが影響を与えたという可能性は大きいようです。
他の一つとして、以下に述べる東京地裁八王子支部の昭和44年3月27日の判決理由が影響を与えた事実が挙げられます(刑裁月報1巻3号313頁に掲載)。
―――――――――――――――――――――――――――――
資料5
この事件は入院中の患者(女、63歳)が屋外療法実施中に行方不明となり、1日半か2日ぐらい経ってから、病院の北500メートルの国有林内の沢で死体として発見された。同病院に搬入された後同所で検案した際に、異状があると認めたにもかかわらず24時間以内に所轄警察署にその旨届出をしなかった。・・・死亡診断書に虚偽の記載をした上、市役所に提出した。
という事件で、医師法違反、虚偽診断書作成、同行使、医療法違反で罰金2万円に処せられた。
この判決理由の中で次のようなことが述べられている:
「・・・特に右患者が少なくとも24時間をこえて医師の管理を離脱して死亡した場合には、もはや診療中の患者とはいい難く、したがってかかる場合には当該医師において安易に死亡診断書を作成することが禁じられている(医師法20条参照)のであるから、死体の検案についても特段の留意を必要とするといわねばならない。」
――――――――――――――――――――――――――
この判決が、「死後24時間以内に診察をしなかったら検案になる」という解釈の普及に拍車をかけたように思われます。
最後に:
このような感情的な表現を私は用いたくないのですが、「戦前から戦後に移行したときの古色蒼然たる遺物(第二十条)が現在も残っていて、それが在宅医療に努めようとする医師や患者を苦しめているのです。その弊害たるやハンセン病の法律以上かもしれません。」


在宅看取り 死亡診断書マニュアル Q&A
http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/docs/booklet/funakiyoshimasa.pdf
Q 死亡前24時間以内に診察していないと、死亡診断書は書けないのでしょうか。
診察をしていた患者さんが、診療に関わる傷病で死亡した場合は、24時間以内に診察していなくても、死亡診断書を書くことができます。

医師には、自ら診察しないで診断書の交付、自ら検案しないで検案書の交付を行ってはならない等の無診察治療等の禁止が法律で規定されています。

診療継続中の患者が受診後24時間以内に診療中の疾患で死亡した場合については、異常がない限り、改めて死後診察しなくても、死亡診断書を交付することを認めています。これは、24時間を超える場合には死体検案書を交付しなければならないという趣旨ではありません。

診療継続中の患者が、診療に係る傷病で死亡したことが予期できる場合であれば、受診後24時間を超えていても、改めて死後診察を行い、生前に診療していた傷病が死因と判定できれば、求めに応じて死亡診断書を発行することができます。
参考文献:死亡診断書記入マニュアル 平成18年度版
(編集・発行:厚生労働省大臣官房統計情報局及び医政局、財団法人医療研修推進財団)


平成23年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル
http://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/
http://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/dl/manual_h23.pdf
医師には、自ら診察しないで診断書の交付、自ら検案しないで検案書の交付を行っては
ならない等の無診察治療等の禁止が法律で規定されています。(診療継続中の患者が受診
後24 時間以内に診療中の疾患で死亡した場合については、異状がない限り、改めて死後
診察しなくても、死亡診断書を交付することを認めています。これは、24 時間を超える
場合には死体検案書を交付しなければならないとする趣旨ではありません。診療継続中の
患者が、受診後24 時間を超えている場合であっても、診療に係る傷病で死亡したことが
予期できる場合であれば、まず診察を行い、その上で生前に診療していた傷病が死因と判
定できれば、求めに応じて死亡診断書を発行することができます。ただし、死因の判定は
十分注意して行う必要があります。)
* 本日より第54回日本老年医学会学術集会が開幕 ( No.7 )
日時: 2012/06/28(木) 09:35:55 メンテ
名前: tsunco

本日(6/28)から東京国際フォーラムで開幕です。
http://www2.convention.co.jp/54jgs/

小生もこの会に参加したかったのですが、
先週、抗加齢医学会に出たばかり。
毎週毎週あんまり職場を留守にするとクビになりそうなので、
泣く泣く自重致しました(笑)。

第54回日本老年医学会学術集会開催に当たって
http://www2.convention.co.jp/54jgs/greeting/index.html
第54回日本老年医学会学術集会 
会長 大庭建三(日本医科大学老年内科 教授)
2012年6月28日(木)より30日(土)までの3日間、東京・有楽町の東京国際フォーラムにおいて第54回日本老年医学会学術集会を開催させていただきます。
今やわが国は、かつてどの国も経験したことのないスピードと人口規模で未曾有の超高齢社会を迎えつつあります。まさに私どもに課せられた喫緊の課題は、健康に老い充実した人生を送って天寿を全うする生活を、全ての人に実現するための老年医学とその実践たる高齢者医療をさらに発展させていくことなるかと思います。このための老年医学は実に多くの領域にわたっており、単なる各種疾患の予防、診断、治療のみでなく、介護、リハビリテーション、終末期医療などに及ぶという特徴を有しております。このような背景から、本学術集会のメインテーマを「超高齢社会における老年医学」とし、“長生きしてよかったと思える社会の実現”のために資すること大なる会となることを強く願っております。
この度の東日本大震災は、地震と津波、さらに福島原発の事故による放射性物質の流出問題と、日本がかつて経験したことのない大震災となりました。改めて、亡くなられた方々へ深い哀悼の意を表しますとともに、家も、土地も、職も失い、現在も不自由な避難生活を余儀なくされておれます多くの被災者の皆様に対しまして、衷心よりお見舞い申し上げます。この未曾有の災害の中での災害弱者の最たるものが高齢者であるかと言えます。被災地では高齢の在宅患者が急増し、在宅医療・介護の提供不足が深刻化しております。被災地の多くの高齢化率は全国平均を超えています。復興には高齢者が孤立せずに安心して住める町を構築していくことが必須の課題となります。まさにこれから復興していく街は、超高齢化するわが国の近未来社会の縮図でもあります。医療だけではなく介護サービスや住宅環境など、トータルな視点でみた支援システムを構築していくことが求められています。その過程になすべき日本老年医学会の責務も大きいものがあります。本学会を震災からの復興の中での学術集会とも位置づけてのプログラム作りを行いました。
東京国際フォーラムはアクセスも良好です。一人でも多くの方々のご参加とご討議を心よりお待ち申し上げております。

そしてPEG絡みで昨日(6/27)の日経の報道から。

胃ろう中止含めガイドライン 日本老年医学会
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2704L_X20C12A6CR8000/
>日本老年医学会は27日、食事が難しくなった高齢者らのおなかに穴を開け、胃に栄養剤を送り込む胃ろうについて、中止も選択肢とするガイドラインを公表した。高齢化などで胃ろうの導入は急増しているが、望まない延命につながるケースもある。同学会は、患者の意思や生活の質を考慮してケアの目的を決める「倫理的な妥当性を示した」としている。
ガイドラインは、医療提供者が患者や家族らと、互いに納得できる合意形成をすることが前提と指摘。その上で、胃ろうを続けても「よい人生が続くこと」が難しい場合、本人にとって何が最善かを判断し、胃ろうを中止することも可能とした。
同学会によると、この10年で胃ろうは急増しているが、医師が患者らの意思を十分に確認せずに望まない延命につながったり、胃ろうを続けるべきか家族が悩んだりする事例も出ているという。

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